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+ No19 + 「いざ横濱」


1月27日(土)イベント当日の明け方、三輪消防車を背中に載せたアトラスは東名高速道路を東へ向かって走行開始。
搬入は午後からだけど遅刻したら大変と途中のサービスエリアで休憩しながら、予定通り
横浜の“みなとみらい21”地区に完成したばかりだったパシフィコ横浜へ辿り着いた。

搬入者はあっちへ回って下さい、警備員に誘導されて奥へ進んでいくと既に到着していた日陸トレーラを発見して安堵。
ところが日陸の運転手さんが発した言葉に思わず耳を疑ってしまった。
「あのね、なんか落としたみたい」
落としたって、何のこと?見たところボディーカバーはしっかり掛かっているし、車以外は何も積んでなかったのだが。
「走行中にね、ガンッ って音がしたから止まって見たんだけど、何が落ちたか判らなかった」だって。
石でも跳ねたんじゃないの、と全てのボディーカバーを剥ぐってみたところ、我々のAF7(青いコニーちゃん)の
様子が何かオカシイ、フロントタイヤが変な方向を向いてるじゃん、どーしたの。
下から覗き込むと、ステアリング系の右コネクティングロッドが消え失せている。
あんなもんを道路に落っことしてきたって、なぜ落ちる???

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パーツ ロッド

ターンバックルと同じで片側右ネジ反対側は左ネジだから、振動で緩むと必ず同時にゆるみ切って脱落したのだろう。
しかし原因を考えていたってトレーラから降ろせやしない、フロントタイヤを開かない様に固定する方法を考えねば。
発起人氏は車を固定するのに使っていたロープを取り出し、左右のロアアームを結び付けて開かないように固定、なるほど。
慎重にトレーラから降ろすのには成功した、だけど置いておく場所も無いからこのまま展示するかとヨレヨレのまま
展示スペースまで押されていったのである。ロープ付きラックアンドピニオンか、カッコ悪う。

ところで今回の展示は、愛知機械工業の過去から現在までを紹介するという趣旨であるため、コニーだけでなく
工場で生産中の日産ラルゴも同時展示することになっていたのだ。
会場へ持ち込んだのはもちろん、大ヒットとなった“ラルゴ・ハイウェイスター”。


ラルゴも含めて総計11台もの展示となったので、クラブ員と関係者、オーナーズクラブの計25人総出で
車両の位置決めをした後は立派な看板や囲いを設置、壁には写真パネルを飾り付けた。

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会場レイアウト 車両レイアウト

さて17時になり開場、初日は20時までの3時間ですがゆっくりお楽しみ下さい。

看板 全景

あっと言う間に3時間は過ぎて初日は終了、
宿泊先のホテルへ移動したあと念願の中華街へ行った話は割愛して2日目に突入、
8時の開場に間に合うよう眠い目を擦りながらパシフィコ横浜に出勤、そしてイベント開始。
さすがに関東の大都市圏でもマイナーなコニーが展示されるのは珍しいらしく、立ち止まって見入るのはもちろん
説明板を読み耽る人、しゃがみ込んで隅々まで観察する人、昔話を聞かせてくれる人、
マニアックな質問を浴びせ掛ける人といつも通りの風景が繰り広げられたのでした。

展示
展示

車の説明は、AF7編第1部の第18話「珍客到来」を見てね。

えーっとクラブ員の姿が見えないけど。
そうそう、2日目は発起人氏やオーナさん達をお留守番に残し駐車場での展示&パレードランを見たり、
会場を抜け出して山下公園や外人墓地まで行ったり観覧車から下界を眺めたりと
気ままに観光気分を満喫していたみたいだよ。

展示
駐車場での展示にも多数の見学客 パレードを観覧車から。
コスモクロック21の下は、まだ造成中!

というわけで、17時の終了直前に会場へ再集合。
なんと、またもや主催者より特別賞を貰ってしまったのだ!復元作業を自力でしたこと、その工程を写真入りで
解り易く紹介したことが受賞のポイントだったようです。嬉しかったですね。

イベント終了と同時に撤収作業を開始、新幹線組が帰れるよう時計と睨めっこで荷物を片付け
名古屋行きの車を慎重に日陸トレーラやトラックへ積み込んで送り出した後は挨拶もそこそこに
現地解散となったのであった。



次回は横浜以降のお話。

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